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佐賀地方裁判所 平成3年(行ウ)1号 判決 1999年3月26日

原告

中村勝彦

(ほか五二名)

共同訴訟参加人

高田保正

(ほか二四名)

原告ら及び共同訴訟参加人ら訴訟代理人弁護士

宮原貞喜

河西龍太郎

本多俊之

松田安正

中村健一

被告

佐賀県知事 井本勇

被告訴訟代理人弁護士

安永宏

被告指定代理人

角田勝民

腰越憲章

山田研二

土井稔

草場淸久

江原博

山口光之

主文

一  原告ら及び共同訴訟参加人らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告ら及び共同訴訟参加人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、佐賀県が別紙埋立区域目録記載の区域に計画している埋立に関し、埋立工事費用等一切の公金を支出してはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本案前の答弁

1  原告ら及び共同訴訟参加人らの訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告ら及び共同訴訟参加人らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告ら及び共同訴訟参加人らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告ら及び共同訴訟参加人らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  被告の本案前の答弁の理由

1  差止対象の不特定

住民監査請求及び地方自治法二四二条の二第一項一号所定の公金支出の差止請求は、住民一人からでもすることができる反面、その対象は具体的な財務会計上の行為等に限定されているところ、原告ら及び共同訴訟参加人ら(以下単に「原告ら」という。)は、別紙埋立区域目録記載の区域約一八ヘクタール(通称佐志浜。以下「本件埋立地域」ともいう。)を埋め立てる後記本件埋立計画の違法を主張するのみで具体的な財務会計上の行為等を何ら特定していないから、本訴請求は不適法である。

2  損害の回復可能性

地方自治法二四二条の二第一項一号所定の公金支出の差止請求が認められるのは、財務会計上の行為により普通地方公共団体に回復困難な損害を生じるおそれがある場合に限られるところ、このような財務会計上の行為は予算に基づく執行に帰着し、損害賠償に親しむもので損害は回復可能であるから、原告らの本訴請求は不適法である。

3  住民訴訟の対象の逸脱

地方自治法二四二条の二所定の住民訴訟は、地方財務行政の適正な運営の確保を目的とし、その対象となる事項は同法二四二条一項所定の事項に限定される。ところで、公有水面埋立の計画は、高度な政治的判断のもとに樹立されるものであって財務会計上の行為に当たらないことは明らかであるところ、原告らは、専ら本件埋立計画の違法を主張するのみである。地方自治体の事務で公金の支出と関わりのないものは殆ど存在しないところ、公金支出と結びつけさえすれば、いかなるものでも事務の違法性はすべて住民訴訟で争うことができるとするのは不合理であって、本件埋立計画の違法性を理由とする本件訴訟は、住民訴訟の範囲を逸脱して本件埋立の差止を要求するものに他ならず、不適法なものである。

二  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは佐賀県の住民であり、原告坂口登及び同吉田久之は、唐房漁業協同組合(以下「唐房漁協」という。)の組合員で、漁業を営んでいるものである。

(二) 被告は、佐賀県の公金支出に関する最終責任者である。

2  本件埋立計画及び本件処分

(一) 佐賀県唐津市(以下「唐津市」という。)は、昭和六三年八月、唐津港港湾計画を改訂し、佐賀県は、同年一一月、佐賀県長期構想を策定して、本件埋立地域を唐津湾港湾整備等で発生する浚渫土砂や産業廃棄物を用材として埋め立てることを計画した(以下「本件埋立」及び「本件埋立計画」という。)。

(二) 佐賀県は、被告に対し、公有水面埋立法二条二項に基づき、平成二年八月一〇日、公有水面埋立免許を出願した。

被告は、同年一〇月ころ、同条三条一項に基づく唐津市長からの本件埋立の同意を受けて、運輸大臣に対し、同法施行令三二条に基づき、同年一一月二八日、本件埋立の認可を申請し、平成三年三月六日、運輸大臣から右認可を受けて、同月七日、同法二条一項に基づき、佐賀県に対して本件埋立に関する公有水面埋立免許処分をなし(以下「本件処分」という。)、同月二二日、同法一一条に基づき、佐賀県告示第一六九条をもって右処分を告知した。

3  本件埋立の違法性

(一) 環境権侵害

(1) 自然環境の破壊

本件埋立は、本件埋立地域(佐志浜)を消滅させることで、自然海浜や地先の海及び自然景観を破壊し、砂浜が果たす海水の浄化作用、波を和らげる作用及び稚魚の育成を図る作用を破壊することになり、致命的な自然環境の破壊となるものである。

(2) 生活環境の破壊

本件埋立に使用される産業廃棄物の流出、本件埋立地上に建設される住宅地からの生活雑排水の増加、埋立工事による海水汚濁、騒音、震動、大気汚染や陸上海上の交通渋滞により、原告らの生活環境の破壊は必定である。また、本件埋立計画では佐志川の河口の形状が海から陸に向かって片仮名の「ハ」の字型に完成するようになっているが、右計画では海水が河口周辺部で氾濫する危険が高く、これは原告ら周辺住民が安心して生活できない事態を招来するものである。

(3) 本件埋立は、右のとおり、原告らを含めた佐賀県民の有する環境権、すなわち憲法一一条、一三条及び二五条に基礎づけられた健康で快適な自然環境や生活環境を享受する権利及びその現れである原告らの入浜権を侵害するものである。

(二) 公有水面埋立法四条一項一号違反

同号の合理性とは、土地需要の発生、埋立の差し迫った必要性、場所選定の適切性、埋立面積の合理性が充足された場合をいうところ、本件埋立には次の不合理性がある。

(1) 唐津港港湾計画の不合理性

本件埋立計画を含む唐津港港湾計画は、貨物量の過大な予測に基づいていること、不必要に新たな埠頭を設置する内容になっていることなど、その内容に合理性がなく、したがって、そのような計画によって生じる浚渫土砂の処分先として計画されている本件埋立も合理性を欠く。

(2) 住宅地の需要予測の不合理性

本件埋立地利用計画は、本件埋立地の大部分を住宅関連用地に充てる予定としているが、公共事業に伴う補償家屋数を二〇一戸と過大に評価するなどその需要予測には合理性がない。

(3) 本件埋立地の臨海道路の不合理性

本件埋立地利用計画は本件埋立地に開設される臨海道路について、環境破壊の少ない架橋という手段を一顧だにしていないこと、平成五年に国道二〇四号線のバイパスが貫通する以上、右道路の建設は不必要であること、唐房地区の渋滞対策がない以上、右道路の開設は無意味であることからも合理性がない。

(三) 公有水面埋立法四条一項二号違反

(1) 請求原因3(一)(1)及び(2)と同旨。

(2) 本件埋立によって、唐房湾が一層ヘドロ化することは明らかであるのに、本件埋立計画はこれを度外視し、何よりも環境について知識と経験を有する周辺住民らからの意見聴取は不充分である。

(四) 公有水面埋立法四条三項一号違反

(1) 漁業権者の同意の欠缺

<1> 本件埋立工事の施工区域内の公有水面には、唐房漁協に属する漁民の総有に属する松共第五号共同漁業権及び松区第一二〇三号区画漁業権(以下「本件各漁業権」という。)が設定されているところ、右各漁業権を処分変更する本件埋立に対する同意は、唐房漁協に属する全漁民の同意が必要である。

しかしながら、唐房漁協の平成二年五月一九日の組合総会における本件各漁業権放棄決議(以下「本件決議」という。)には三七名の漁民が反対し、その他に無効、棄権した漁民が二一名もいたなど、全員の同意ではなかったのだから、唐房漁協が同年七月三〇日付けで佐賀県に対して提出した埋立同意書は、公有水面埋立法四条三項一号の同意に当たらない。

<2> 漁業権は入会的権利であるから、その放棄には基本的には部落民集団全員一致の意思によるべきであって、少なくとも漁業法八条五項、三項が適用ないし類推適用されるから、同法所定の、当該漁業権の内容たる漁業を営む者であって、当該漁業権にかかる地元地区・関係地区の区域内に住所を有する者の三分の二以上の書面による同意が必要であるというべく、仮にそうでないとしても、水産業協同組合法五〇条の特別決議に先立って、右書面による同意が必要であると解すべきである。

しかしながらも本件決議の前後を通じて漁業法八条五項、三項所定の書面による同意は一切なされていない。

<3> 唐房漁協はいわゆる沿海地区組合であり、その正組合員資格は漁協の地区の地先・沿海において漁業を営みまたは従事する者に限定されると解すべきであり(水産業協同組合法一八条一項一号)、唐房漁協はその組合員資格を「一年を通じて一二〇日を越えて漁業を営み、又はこれに従事する漁民」と規定している(唐房漁協定款八条一項一号)ところ、本件決議に際して、沖合延縄漁業者、一本釣漁業者等六三名のほか、日数要件や住所要件の欠缺する者三六名の合計九九名が本件決議の際に議決権を行使している。

したがって、本件決議は、極めて重大な瑕疵があり無効である。

<4> 本件決議に賛成した唐房漁協の漁民は、前記のような杜撰な環境影響評価によって漁業への影響は軽微であると誤信して決議を行ったが、これは民法九五条所定の要素の錯誤に当たる。

<5> 本件埋立に伴う漁業補償金は、現実に漁業権を行使していた漁民に配分されなければならないところも唐房漁協の理事らは、本件決議に先立ち、放棄される各漁業権を行使していない組合員に対しても漁業補償金が配分されるとの違法な補償内容を旨説明して本件決議に賛成せしめるよう慫慂し、かつ、右組合員らは、本来受け得ない違法利益の収受を唯一の目的として本件決議に投票したものである。

したがって、本件決議は、その成立過程に重大な瑕疵があるものとして当然に無効である。

(2) 慣習排水権者の同意の欠缺

<1> 慣習排水権者である原告宮﨑盛夫の平成二年七月二七日付け本件埋立に対する同意書(以下「本件同意書」という。)は、同原告に対して佐賀県職員から本件埋立の説明もなく、同原告が埋立に同意する文書であるとの認識がないままに作成されたものであって、同原告の真意に基づくものではなく無効であるか、あるいは詐欺にあたり取り消し得べきものである。

そして、同原告は、被告佐賀県知事に対し、平成三年一月も右同意を取り消す旨の意思表示をした。

<2> 公有水面埋立法五条四号所定の慣習排水権者とは、特定地域の住居者が、公有水面に対し、排他的に長期継続的に排水をなし、かつ排水をなすことが重大な意義を有し、また排水をなしていることの正当性が社会的に承認されていることと解すべきところ、原告宮﨑盛夫(大正七年一一月二八日排水開始)、同熊本光佑(昭和四七年三月二五日排水開始)、同高田拓実(昭和五三年一〇月排水開始)、同高田みず枝(同日排水開始)先同横田富士子(昭和二七年ころ排水開始)、同原田政幸(昭和四七年三月二五日排水開始)、同原田真佐子(同日排水開始)、同原田照雄(同日排水開始)、同織田勉(昭和三〇年三月一四日排水開始)及び同西村キミヱ(昭和三六年ころ排水開始)は、いずれも長年にわたり公有水面である唐津湾佐志地区へ生活雑排水を排出してきた者で、本件埋立によってその排水が不可能となることは必定であるから、いずれも慣習排水権者である。

しかるに、同原告らの本件埋立に対する同意はなされていない。

4  本件埋立に対する公金支出の違法性

(一) 公金支出行為が違法となるのは、単にそれ自体が直接法令に違反する場合だけでなく、その原因となる行為が法令に違反する場合もまた違法となるところ、本件埋立計画は右のとおり違法であるから、右計画に基づく本件補償金の支出や、埋立工事のための請負契約等による公金の支出は、いずれも違法無効なものというべきである。

(二) 仮に、公金支出の原因となる行為の違法性が重大かつ明白でない限り当該公金支出は違法とならないとしても、本件埋立計画は前記のとおり重大かつ明白な違法性を有するから、右計画に基づく本件補償金の支出や、埋立工事のための請負契約等による公金の支出は、いずれも違法無効なものというべきである。

5  回復困難な損害の発生

本件埋立のために佐賀県が支出する公金は、約一九億円にのぼる。

すなわち、違法な本件埋立により、佐賀県は、回復困難な損害を被ることになるというべきである。

6  監査請求

原告らは、地方自治法二四二条に基づき、佐賀県監査委員に対し、平成二年一二月一四日及び平成三年二月一日、本件埋立工事の支出について監査請求をなしたが、同委員は、原告らに対し、平成三年二月八日付けで、右監査請求に対して理由がない旨通知した。

7  結論

よって、佐賀県住民である原告らは、被告に対し、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、違法な本件埋立に起因する佐賀県の公金支出の差止を求める。

三  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)は認める。

(二)  同1(二)は認める。

2(一)  同2(一)は認める。

本件は、(1)住宅用地の確保による公共事業の整備促進、(2)緑地の確保による快適な親水空間利用の需要への対応、(3)道路用地の確保による港湾発生交通の円滑な流動、(4)港湾整備により発生する浚渫土砂処分場の確保による公共埠頭の早期供用、といった大きな効果があり、その地域振興への寄与も大である。

(二)  同2(二)は認める。

3(一)  環境権侵害

(1) 同3(一)(1)は否認する。

本件埋立地の周囲には緑地を配置し景観に配慮すると共に、その中で海に面した憩いの場、レクリエーションの場等を整備することにより地域住民のための快適環境を確保するなどのほか、前面護岸の構造として捨石式傾斜堤を採用するなど、自然環境に十分な配慮を行っている。したがって、自然環境の致命的破壊との原告らの主張は当たらない。

(2) 同3(一)(2)は否認する。

本件埋立に使用される産業廃棄物は公共事業から発生するコンクリート及びアスファルト片であり、その他本件埋立に使用される浚渫土砂、公共建築残土及び山土に有害物質は含まれていないし、護岸工事を行うことにより流出は起こらない。また、大気汚染、水質汚濁、工事にともなう騒音及び振動は、いずれも規制基準等を下回るものと予測されているばかりか、生活雑排水の増加及び本件埋立工事の影響も軽微であるし、佐志川の河口の形状は河川改修上必要であって、しかも氾濫の危険性はない。

(3) 同3(一)(3)は争う。

仮に講学上環境権が存在するとしても、その侵害というだけの理由で、他に違法性のない公有水面埋立免許が直ちに違法となるものではない。

(二)  公有水面埋立法四条一項一号違反

同3(二)柱書は争う。

(1) 同3(二)(1)は否認する。

唐津港港湾計画は、将来の各種の需要を予測し、総合的な観点から十分な検討を加えられた合理的な計画である。

(2) 同3(二)(2)は否認する。

本件埋立計画は、唐津市で現在進んでいる都市計画街路、国道二〇四号線バイパス、河川改修などの公共事業による補償家屋として、移転が必要と思われる住宅戸数を算出したものであり、合理性のある需要予測である。

(3) 同3(二)(3)は否認する。

計画中の臨海道路は、港湾整備に伴って更に増大する交通需要に対処するため、既存の臨海道路妙見線に接続して延長されるものであり、その計画に合理性はある。

また、本件埋立計画は住宅関連用地や緑地の必要性も含めて策定しており、これらと一体的な利用を図る必要性、経済性から、本件埋立地内に臨海道路の用地を確保するものである。

(三)  公有水面埋立法四条一項二号違反

(1) 同3(三)(1)は否認する。

(2) 同3(三)(2)は否認する。

周辺住民らからの意見聴取は環境影響評価の要件ではない。

(四)  公有水面埋立法四条三項一号違反

(1)<1> 同3(四)(1)<1>のうち、本件各漁業権が設定されていること、本件決議の反対投票が三七票、無効投票が四票あったことは認めるが、その余は否認ないし争う。

漁業権は法人格を有する漁業協同組合に属するもので、その放棄には同組合の総会の特別決議で足りる(水産業協同組合法五〇条四号)一方、組合員の漁業を営む権利は、漁業協同組合という団体の構成員としての地位に基づき、組合の制定する漁業権行使規則に従って行使することができる権利であるに過ぎない。

唐房漁協は、平成二年五月一九日、唐房漁村センターで平成二年度通常総会を適法に開催し、第一二号議案として本件各漁業権の各一部消滅に関する議案を審議し、投票総数一九八票(有効投票一九四票、賛成一五七票、反対三七票で右議案を採決(本件決議)したものであって、本件決議により、本件各漁業権は消滅した。

<2> 同3(四)(1)<2>は争う。

漁業法及び水産業協同組合法は、公有水面埋立法が要求する埋立同意について明確に規定していないものの、水産業協同組合法四八条一項九号一同法五〇条が漁業権の得喪変更を漁業協同組合総会の特別決議事項とし、かつ、漁業権の喪失は埋立同意に最も類似していることから、運輸省も、右特別決議をもって埋立の同意として取り扱っているところである。したがって、本件決議に基づく同意は充公有水面埋立法四条三項一号にいう「同意」に当たるものというべきである。

他方、漁業法八条五項、三項の書面による事前の同意が必要なのは、特定区画漁業権又は第一種共同漁業を内容とする共同漁業権にかかる漁業権行使規則の変更又は廃止についてであって、漁業協同紹合に属する漁業権それ自体の変更又は放棄には、当該漁業協同組合の特別決議を要し、かつそれで足りるのである。

<3> 同3(四)(1)<3>は争う。

漁業協同組合員の資格は、漁業を営んだ実績等のみならず、現在及び将来における意思及び能力等をも勘案して決せられるばかりか、唐房漁協の場合、その地区の地先・沿海において漁業を営むことが正組合員の資格要件とはなっていないから、本件決議に無資格者が参加したことにはならない。

本件決議に無資格者が参加したことは、水産業協同組合法一二五条所定の決議の取消事由とはなりえても、当然無効となる事由ではない。

<4> 同3(四)(1)<4>は争う。

本件決議は無記名投票の方法によってなされたものであって、このような意思決定の方法に対して民法九五条の適用等を認めることはできない。

<5>同3(四)(1)<5>は争う。

本件埋立に伴う漁業補償金の配分に関する説明は本件決議の約一年後になされたものであるから、原告らの主張はその前提を欠く。

(2)<1> 同3(四)(2)<1>のうち、原告宮﨑盛夫が慣習排水権者で、本件同意書を提出したことは認めるが、その余は否認する。

同原告は、担当係官の説明を受けた上で、本件埋立地域の埋立に同意したものである。

<2> 同3(四)(2)<2>は否認する。

公有水面埋立法五条四号所定の慣習排水権者とは、同条一号ないし三号と対比するとき、公有水面に対し、排他的に、長期的・継続的に排水をなし、慣習法上の排水権を有する者であって、埋立にかかる公有水面に直接排水をなしているものに限定されると解すべきであるところ、原告熊本光佑らは、いずれも道路側溝等を利用し、間接的に排水しているに過ぎない者であるから、慣習排水権者に当たらない。

また、本件埋立計画は、本件埋立地に直接排水しているものを調査し、これらのものの排水権を保障すべく排水計画を行っており、本件埋立後もこれらの者の排水は可能である。

4(一)  同4(一)は争う。

地方自治法二四二条の二第一項一号に基づく公金支出差止請求の際に主張できる違法事由は、財務会計上の行為に限定され、公金支出の原因となる非財務会計上の行為の違法性は、それが重大かつ明白な場合に限って当該公金支出にその差止めを根拠づけるだけの違法性をもたらすものと解すべきである。

また、公有水面の埋立を行おうとするに当たり、どのような埋立計画を策定するかは、埋立の出願人の裁量行為であって、出願された具体的な埋立計画が公有水面埋立法四条所定の免許基準に合致するか否かの判断は、所轄行政庁の判断に委ねられているものである。

(二)  同4(二)は争う。

5  同5のうち、佐賀県が支出する公金が約一九億円であることは認め、その余は争う。

通常差し止められる財務会計上の行為は予算に基づく執行に帰着し、損害賠償に親しむものであるから、回復困難な損害が発生するとはいえない。

6  同6は認める。

第三  証拠

証拠については、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一  認定事実

当事者間に争いのない事実、〔証拠略〕を総合すると、以下の事実を認めることができる。

一1  唐津市は、かねてより平地が狭隘で唐津港が昔日の繁栄を失っていることもあり、昭和六一年三月、住宅及び公園の整備、貿易の振興、道路及び港湾の整備などを含む唐津市総合計画を策定し、さらに昭和六三年六月二五日開催の唐津港地方港湾審議会等の議を経て、同年八月、唐津港港湾計画を改訂したが、その中で、唐津港の拡充と浚渫の必要上、そこから生じる産業廃棄物(浚渫土砂)を処理するために、唐津湾西港の深奥部に位置し、砂浜の自然海浜が残されていた本件埋立地域(佐志浜)を埋め立てる計画を立案した。右計画立案に際しては、本件埋立地域の埋立に伴う大気質、潮流、水質、底質、騒音、振動、悪臭、生態系及び漁業等に対する環境への影響について調査が行われたが、いずれも影響は軽微であるとの結論が得られ、また、右計画は本件埋立地域をもって当時付近で予定されていた各種の公共事業に伴う補償家屋の移転先の確保、本件埋立地域における臨海道路の開設及び公園用地の拡大など、同年一一月に策定された佐賀県長期構想にも沿うものであったことから、佐賀県は、右計画(本件埋立計画)を推進することとなった。

2  そこで、佐賀県は、昭和六三年以降、本件埋立地域において各種の調査を通じて環境アセスメントを実施したほか、本件埋立地域の埋立方法や埋め立てた場合の波の影響などを調査した結果、大気汚染、水質汚濁、騒音、振動、海生生物の生態、潮流及び景観のいずれについてもその影響は軽微であり、本件埋立地付近の波も消波ブロックの利用等により悪影響はない旨の結果を得た。

二1  一方、佐賀県は、本件埋立地域に設定されていた唐房漁協の松共第五号共同漁業権及び松区第一二〇三号区画漁業権(本件各漁業権)について補償交渉を開始し、唐房漁協の組合員に対しては、平成元年一〇月から本件埋立に関する説明会が開催された。唐房漁協の理事会は、平成二年一月ころには補償金を概ね二億三〇〇〇万円とすることで了解したことから、同年五月一九日開催の同漁協通常総会で、右各漁業権の一部消滅についての決議を諮ることとした。

2  唐房漁協は、平成二年五月一九日、唐房漁業センターにおいて同漁協平成元年度(第四一期)通常総会を開催したところ、当時正組合員の資格を有していた者二一五名及び同じく準組合員の資格を有していた者一三名のうち、正組合員一九六名及び準組合員六名が右通常総会に参加したほか、正組合員のうち一九名が他の組合員に事前に委任状を提出して、右通常総会は有効に開催された(しかし、右正組合員のうち児島強は、既に住居を長崎市に移転していたため、正組合員としての資格を失っていた。)。そして、右通常総会では、第一二号議案として本件埋立に伴う本件各漁業権の各一部消滅について質疑の後に投票が行われた結果、賛成一五七票、反対三七票、無効投票四票及び棄権票一七票をもって、出席者の三分の二以上の賛成投票があったものとして右各漁業権の一部消滅が決議された(本件決議)。

そこで、唐房漁協は、佐賀県に対し、同年七月三〇日ころ、本件決議に基づき、本件埋立についての同意書を提出した。

3  なお、本件決議当時、唐房漁協の正組合員のうち、沖合で延縄漁業や一本釣漁業に従事していた者は合計約七〇名程度であったが、これらの者に対しても本件埋立の説明会では補償金が支給される旨の説明がなされていたこともあり、同漁協組合員の間では、佐賀県から支出される補償金から、各組合員に対して少なくとも一〇〇万円が支給されるとの風評が存在した。

三1  佐賀県は、本件埋立地への排水路を有し、慣習排水権者と認められた原告宮﨑盛夫から、平成二年七月二七日、本件埋立についての本件同意書の提出を受けるなどしたことから、同年八月一〇日、公水法二条二項に基づき、被告に対して公有水面埋立免許の出願を行った。

2  佐賀県は、被告に対して本件埋立にかかる公有水面埋立免許の出願に際して、本件埋立の動機として、港湾の整備、住宅の整備、公園・緑地の整備及び廃棄物(港湾浚渫土砂等)処理対策の推進等を掲げ、これらが前記唐津市総合計画、唐津港港湾計画及び佐賀県長期構想に則ったものであり、さらに本件埋立地に隣接する妙見地区で整備が進んでいる臨海道路妙見線の早期完成、唐津市の開発促進とそれに伴う補償家屋の確保、平地の狭隘等の見地から、本件埋立地を埋め立てて、住宅(約一〇・三ヘクタール)、緑地(約六・八ヘクタール)及び道路(約〇・八ヘクタール)を整備する必要がある旨を主張した。

また、佐賀県は、被告に対し、本件埋立の出願添付書類として、環境保全に関し講じる措置を記載した図書及び公有水面埋立法四条三項の権利者に関する調書も提出したが、前者には、佐賀県が実施した環境アセスメントの結果として、各種の調査によっても、本件埋立による大気汚染、水質汚濁、騒音、振動、海生生物の生態、潮流及び景観のいずれについてもその影響は軽微である旨が記載されており、また、後者には、唐房漁協が提出した本件決議に基づく同意書及び原告宮﨑盛夫作成の本件同意書も編綴されていた。

3  被告は、同日(平成二年八月一〇日)、佐賀県公報に右出願につき告示したほか、公有水面埋立法三条一項に基づいて関係機関に意見の照会を行ったところ、原告らを含む本件埋立地域の付近住民から、同法三条三項に基づき、自然海浜の消滅、臨海道路建設の必要性及びその建設方法に関する疑問、補償家屋戸数の予測及びその用地確保に対する疑問、佐志川河口での高潮発生の可能性、産業廃棄物の内容に対する疑問などを理由として本件埋立に反対する意見書が多数提出された。

しかし、被告は、本件埋立地域の海浜は護岸工事と防災のために直接立入りができないばかりか、波が高いために遊泳禁止となっている反面、本件埋立地にはレクリエーション施設を整備する予定であること、臨海道路の建設の必要性及び本件埋立地との一体的利用のためには右道路を本件埋立地内に建設する必要があること、当時唐津市内で予定されていた公共事業に基づく補償家屋の戸数予測に問題はないこと、補償家屋の代替地を他で確保するのは困難であること、前記調査によれば佐志川河口の波高は従前よりも低くなると予測されること、本件埋立には医療廃棄物等の管理型廃棄物は使用しないことなどから、右各反対意見は理由がないものと判断し、同年一〇月ころ唐津市長からの本件埋立の同意を受けて、運輸大臣に対し、同年一一月二八日、本件埋立の認可を申請した。

4  佐賀県は、同年一二月一四日、唐房漁協との間で、本件埋立に伴う漁業補償金二億三六八七万六〇〇〇円を支払う旨の漁業補償契約を締結し、同月これを支出した(以下「本件補償金」という。)。

他方、原告らは、同日及び平成三年二月一日、佐賀県監査委員に対して監査請求をなし、原告宮﨑盛夫は同年一月一一日ころ、被告に対しても本件同意書による同意についてこれを取り消す旨の意思表示をなしたが、右委員は、同年二月八日付けで右監査請求に理由がない旨の通知をした。

そこで、原告らは、同月一九日、佐賀県の長である被告に対して本件埋立に関する公金の支出差止を求める本件訴訟を提起したものである。

5  他方、被告は、平成三年三月六日、運輸大臣から前記の本件埋立に関する認可を受け、同月七日、公有水面埋立法二条一項に基づき、佐賀県に対して本件埋立に関する公有水面埋立免許処分をなし(本件処分)、同月二二日、同法一一条に基づき、佐賀県告示第一六九条をもって本件処分を告知した。

四1  唐房漁協では、平成三年三月二三日から組合員による配分委員会において本件補償金の分配方法について審議が重ねられ、同年四月二六日、同漁協が平成二年度(第四二期)通常総会を開催した際にその配分案を説明したところ、具体的配分については配分委員会に一任する旨の決議がなされた。その結果、本件補償金はその後、右配分委員会の審議を経て唐房漁協の組合員に分配された。

2  佐賀県は、平成三年五月一四日、本件処分に基づいて本件埋立工事を開始し、被告は佐賀県の長として公金の支出に当たっているところ、本件訴訟口頭弁論終結時点において本件埋立地の護岸工事は完了しており、数年内に埋立工事は完了する状況にある。また、本件埋立工事着手後に行われた各種の調査によっても、自然環境や本件埋立地域付近の波高に深刻な影響が発生している旨の結果は得られていない。

第二  当事者の主張に対する判断

一  差止対象の特定について

1  被告は、原告らの本件訴訟における差止請求が具体的な財務会計上の行為を特定していないから、本件訴訟は不適法である旨主張する。

2  しかしながら、地方自治法二四二条の二第一項一号所定の公金支出差止請求にあっては、対象となる財務会計上の行為の適否の判断、右行為が行われることが相当の確実さを持って予測されるか否かの点及び右行為により普通地方公共団体に回復の困難な損害を生ずるおそれがあるか否かの点に対する判断が必要となることからすれば、これらの点について判断することが可能な程度に、その対象となる行為の範囲等が特定されていることが必要であり、かつ、これをもって足りるものと解すべきである(最判平成五年九月七日民集四七巻七号四七五五頁)。

これを本件についてみるに、原告らは、本件埋立工事の完成に向けて行われる一連の財務会計上の行為の差止を求めているものであって、本件埋立工事の特定により、差止請求の対象となる財務会計上の行為の範囲を識別することができるから、その請求の趣旨において右工事に関わる個々の財務会計上の行為を個別具体的に摘示しなくても、差止請求の対象は特定されているというべきである。

3  よって、被告の右本案前の主張は採用しない。

二  回復困難な損害の発生について

1  被告は、財務会計上の行為は予算に基づく執行に帰着し、損害賠償に親しむものであるから地方自治法二四二条の二第一項所定の回復困難な損害は発生しない旨主張する。

2  しかしながら、損害賠償債権の発生は損害の発生を前提とするものであるところ、右損害をすべて損害賠償債権の行使により填補できるものとすれば地方自治法二四二条の二第一項一号が公金等の支出につき事前の差止請求を認めた趣旨に背馳することが明らかであるばかりか、佐賀県が本件埋立工事に支出する公金は約一九億円という高額に達することについて当事者間に争いはなく、これが違法に支出されたとするならば、右支出により佐賀県に生ずる損害の填補が困難になることもまた明らかというべきである。

3  よって、被告の右本案前の主張は採用しない。

三  原因行為の違法性と住民訴訟の対象たる財務会計上の行為の差止請求との関係について

1  被告は、本訴請求は本件埋立計画の違法性をもって右計画を前提とする公金支出という財務会計上の行為の差止を請求する不適法なものであって、公金支出を差し止めるに足りる違法性をもたらすのは、公金支出の原因行為に重大かつ明白な違法性が存する場合に限られる旨主張する。

2(一)  そこで検討するに、地方自治法二四二条の二所定の住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為等が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防または是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものである(最判昭和五三年三月三〇日民集三二巻二号四八五頁)ところ、差止対象たる財務会計上の行為の原因となる行政行為に違法な瑕疵があり、かつ、右財務会計上の行為の主体(支出機関)が右原因行為たる行政行為の主体(処分庁)に対して、当該行政行為の取消等を求め得る立場にあるのに、これを経ないでなされる右財務会計上の行為は、右処分庁が当該行政行為の取消権をもはや行使できないなどの特段の事情がない限り、それ自体違法性を帯びるものと解するのが相当である(最判昭和六〇年九月一二日判時一一七一号六二頁、最判平成四年一二月一五日民集四六巻九号二七五三頁参照)。

なんとなれば、(1) そもそも行政行為の公定力理論と住民訴訟制度はその淵源を異にし、地方公共団体の財務会計の適正確保という住民訴訟の目的に鑑みるとき、常に前者を後者に優先させなければならない理由はないばかりか、(2) 法律による行政の原理によれば、原因行為たる行政行為に違法の瑕疵がある場合、処分庁は原則として直ちにこれを是正する措置をとるか、あるいは取消権を行使しなければならない一方、財務会計行為の執行機関は誠実管理執行義務を負っている(地方自治法一三八条の二)から、財務会計上の行為の執行機関(支出機関)と右原因行為たる行政行為の主体(処分庁)がいずれも知事であるような場合、当該支出機関たる知事には、その財務会計上の支出行為に際しても処分庁たる知事に対して右行政行為の是正を求め得る立場にある以上、取消権の行使を求めるなどして地方公共団体の財産を管理(地方自治法一四九条六号)保全しなければならない行為規範が科せられており、これに反して漫然と公金を支出することは、それ自体右誠実管理執行義務に反する違法なものといわざるを得ず、(3) 他方、原因行為たる行政行為の取消しによって生ずる不利益と、取消しをしないことによって既に生じた右行政行為の効果を維持することの不利益を比較考量した結果、処分庁において右行政行為の取消しができないという事情が存する場合(最判昭和四三年一一月七日民集二二巻一二号二四二一頁等参照)には、支出機関としては当該行政行為に基づいて財務会計上の行為を執行せざるを得ないから、このような場合にまで誠実管理執行義務違反を問うことはできないからである。

(二)  これを本件についてみるに、原告らは、被告がなした本件埋立を免許する平成三年三月七日付けの本件処分という行政行為に違法の瑕疵が存することを主張して、これに基づく佐賀県(被告が長であり、財務会計上の行為の執行機関である。)の公金支出差止を請求するものと理解することができるから、畢竟原告らによる本訴請求は、財務会計上の行為の違法性を問擬するものであって適法であるというべきである。

3  よって、以下では、右の観点から、本件埋立工事への公金支出行為の原因行為たる本件処分に、本件埋立工事への公金支出行為を違法なものとするに足りる瑕疵が存するか否かにつき検討する。

四  公有水面埋立法四条一項一号(国土利用上適正且合理的ナルコト)について

1  原告らは、本件埋立計画には、唐津港の貨物量の予測、補償家屋の需要予測及び臨海道路の開設はいずれも合理性を欠く旨主張する。

2  しかしながら、公有水面の埋立は、国土の適正かつ合理的な利用のためになされるものであって、公有水面埋立法四条一項一号所定の「合理的」とは、埋立及びその利用方法に関する合理性の有無を指すものと解すべく、埋立の動機ないし縁由となる個々の具体的な数値予測の合理性を指称するものではないばかりか、唐津港の貨物量及び補償家屋の需要の各予測はあくまでも行政計画策定に当たっての予測であるにとどまり、その当時に当該行政庁が有していた政策方針及び情報により制約を受けるものであるから、たまたまその後、右各予測が文字通りに実現しなかったからといって、翻って右各予測が不合理なものと断じ得るものでもなく、さらに本件における右各予測に当たって、担当行政庁が貨物量や補償家屋数を意図的ないし殊更に過大に評価したと認めるに足りる証拠もない。

3  むしろ、平地が狭隘な唐津市の住宅・公園の整備、開発事業に伴う補償家屋の確保、浚渫による唐津港の開発の必要性を考慮すると、唐津市中心部からほど近い唐津湾西港内に位置する本件埋立地域の公有水面埋立は、国土利用上の適正性や合理性を失うものではなく、ことに、本件埋立地域に隣接して既に開発の進んでいる妙見地区と国道二〇四号線を結ぶ臨海道路の本件埋立地での開設は、周辺の物流及び本件埋立地居住者の交通の円滑化の上では重要な意味を有するものであるというべきである。

4  よって、原告らの公有水面埋立法四条一項一号に関する主張は採用しない。

五  公有水面埋立法四条一項二号(其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト)について

1  原告らは、本件埋立が本件埋立地域の自然環境を致命的に破壊し、周辺住民の生活環境を破壊するばかりか、唐津湾のヘドロ化の進行をもたらすものであっても周辺住民からの意見聴取も不充分である旨主張し、〔証拠略〕は右主張に沿うかのものである。

2(一)  しかしながら、右各証拠はいずれも印象的・主観的なものであってこれを裏付ける客観的な証拠が存しないことから、いずれも直ちに採用することはできない。

(二)  むしろ、佐賀県は本件処分に先立って、各種の調査を通じた本件埋立地域の環境アセスメント及び波の影響調査を実施した結果、大気汚染、水質汚濁、騒音、振動、海生生物の生態、潮流及び景観のいずれについてもその影響は軽微であり、本件埋立地付近の波も消波ブロックの利用等により悪影響はない旨の結論を得ていたこと、これらの環境アセスメント及び波高調査の内容に特段不自然ないし不合理とする点は見当たらないこと、被告は右の結果を受けて平成二年八月一〇日に本件埋立について告示し、公有水面埋立法三条三項に基づく意見聴取を実施していること、現に、本件埋立工事開始後の各種調査によっても自然環境に深刻な影響が発生している旨の結果は得られていないことに照らすと、本件処分が同法四条一項二号に反するとの原告らの主張は、いずれも採用できないものといわざるを得ない。

3(一)  また、原告らは、佐志川の河口の形状が片仮名の「ハ」の字型となっているため佐志川河口付近で氾濫する危険が高い旨主張し、〔証拠略〕はいずれもこれに沿うかのものである。

(二)  しかしながら、これらの証拠はいずれも客観的・科学的な裏付けに乏しいこと、現在本件埋立地域の海側には唐津西港東防波堤及び妙見埠頭が存在して沖合からの高波を防いでいること、〔証拠略〕で証人内田一郎は高潮の被害についてわからない旨供述していることに照らすと、いずれも直ちに信用することができず、原告らの右主張は採用することができない。

4  また、原告らは、本件埋立により環境権及び入浜権が侵害される旨も主張するが、これらはいずれも未だ法的に保護された権利とまではいい難く、これらを根拠として本件処分の違法性を云為することはできないものというべきである。

よって、原告らの環境権等に関する主張はこれを採用しない。

六  公有水面埋立法四条三項一号(其ノ公有水面ニ関シ権利ヲ有スル者埋立ニ同意シタルトキ)について

1  本件各漁業権消滅に関する同意の要件について

(一) 原告らは、本件埋立地域に存した本件各漁業権は唐房漁協の漁民の総有に属し、これらを処分変更するには右漁民全員の同意が必要であり、仮にしからずとしても漁業権は入会的権利であるから漁業法八条五項、三項が適用ないし類推適用され、当該漁業権にかかる地元地区・関係地区の区域内に住所を有する者の三分の二以上の書面による同意が必要である旨主張する。

(二)(1) しかしながら、現行漁業法のもとにおける漁業権は、法人たる漁業協同組合に属するものである(最判平成元年七月一三日民集四三巻七号八六六頁)から、その得喪には正組合員の半数以上が出席し、その議決権の三分の二以上の多数による特別決議があれば足りるのであって(水産業協同組合法五〇条四号)、右のような共同漁業権に係る漁業権行使規則の変更又は廃止に関する漁業法八条五項及び三項を、漁業権の消滅に関して適用ないし類推適用する根拠はない(最判昭和六〇年一二月一七日判時一一七九号五六頁参照)ものと解するのが相当である。

(2) これを本件についてみるに、唐房漁協は、平成二年五月一九日、平成元年度通常総会において、正組合員の過半数の出席のもと、賛成票三分の二以上の得票で本件各漁業権消滅を決議している(本件決議)から、右各漁業権はいずれも適法に消滅したものというべきである。

(三) よって、原告らの右各主張はいずれも独自の見解たるを免れず、採用の限りではない。

2  唐房漁協正組合員の資格について

(一) 原告らは、唐房漁協は沿海地区組合であるところ、本件決議には唐房漁協の地区の地先・沿海外で漁業を営む延縄漁業者及び一本釣漁業者多数が、その資格もないのに正組合員として参加した旨主張する。

(二) しかしながら、水産業協同組合法一八条一項一号は正組合員の資格要件として当該組合の地区内に住所を有すること及び漁業を一定期間営むことのみを規定しており、これに加えて右地区内で漁業を営むことを文言上何ら要求していないこと、漁業協同組合の正組合員の資格条件として右地区内での漁業従事を要求する必然性に乏しいこと、延縄漁業者等遠洋漁業に従事する漁民に限って同法四八条所定の漁業協同組合の各議決事項に関する議決権を認めないとする根拠が不明であること、そのような結果は同法四条所定の漁業協同組合の直接の奉仕者性に反するばかりか、同法一条所定の漁民の経済的社会的地位の向上、水産業の生産力増進にもそぐわないことに鑑みると、原告主張の解釈は採用することができない。

(三) また、原告らは、本件決議には唐房漁協定款八条一項一号所定の日数要件や、住所要件を欠缺する者が、その資格もないのに正組合員として参加した旨主張し、〔証拠略〕によれば、児島強は本件決議当時、長崎市に住居を有しており、また、〔証拠略〕によれば、平成三年二月当時、唐房漁協が正組合員二一三名中一一名を漁業とは関係のない職業に転職した者と把握していたことが窺われるばかりか、〔証拠略〕は原告らの右主張に沿うかのものである。

(四) そこで検討するに、正組合員資格の日数要件の判断に当たっては、その者の漁業を営み又はこれに従事した過去の実績を判断基準として尊重すべきではあるが、過去の実績のみならず、現在及び将来におけるその意思及び能力その他客観的状況をも勘案し、その者が何日程度漁業を営み又はこれに従事するような者であるかを社会通念に従って総合的に判断すべきである。

しかしながら、原告の主張に沿うかの右各証拠は、いずれも原告吉田久之の記憶に基づいて作成されたもので客観的な裏付けを欠き、直ちに採用することはできないばかりか、他に本件決議当時に児島強以外に住所要件を欠缺した組合員が存したと認めるに足りる的確な証拠はない。そして、右児島強の出席との一事をもって、本件決議が直ちに無効になるものではないことは明らかである。

(五) よって、無資格者の参加により本件決議が無効であるとの原告らの主張は採用することができない。

3  民法九五条について

原告らは、本件決議に賛成した漁民は杜撰な環境影響評価を誤信して決議を行ったもので、これは民法九五条の錯誤に当たる旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

よって、原告らの右主張は採用しない。

4  本件補償金の違法な分配の説明について

(一) 原告らは、本件決議に際して、唐房漁協理事らが決議の対象となる各漁業権を行使していない者にも漁業補償金が配分される旨説明して決議に賛成するように慫慂した違法がある旨主張する。

(二) 確かに、漁業権消滅の対価として支払われる補償金は、現実に損失を被る組合員に対して、その損失の程度・内容等を考慮して配分されるべきものであって、補償金の配分が恣意的ないし著しく不公平なものである場合には、右配分に関する決議が瑕疵を帯びる余地があるというべきである。

しかしながら、補償金配分決議と漁業権消滅の決議とは全く別個の決議であるから、仮に著しく不公平な配分がなされることを前提として本件決議がなされたとしても、決議に参加した者が議決に当たり動機において錯誤に陥っていたということにすぎず、これにより本件決議が瑕疵を帯びるというものではない。そして、本件決議の際には、本件補償金が唐房漁協の各組合員に分配される旨の風評が存在したことは前記認定のとおりであるものの、それ以上にわたって唐房漁協理事らが組合員らに違法な収益を目的として賛成投票を慫慂したと認めるに足りる証拠はない。

(三) よって、原告らの右主張は採用しない。

5  原告宮﨑盛夫の同意について

(一) 原告らは、原告宮﨑盛夫の慣習排水権者としての本件埋立への同意は無効ないし取り消された旨主張し、〔証拠略〕はこれに沿うかのものである。

(二) しかしながら、原告宮﨑盛夫は、「佐賀県が施行する唐津港佐志地区地先の公有水面埋立に同意致します。」と明確に記載された本件同意書(〔証拠略〕)に自ら署名捺印していること、右同意を取り消す旨の意思表示(〔証拠略〕)がなされたのは本件同意書作成の翌平成三年一月一一日と相当日時が経過してからであること、〔証拠略〕には何ら裏付けとなる証拠がないことに鑑みると、原告らの主張に沿うかの右証拠は信用することができない。

(三) よって、原告らの右主張は採用しない。

6  他の慣習排水権者の同意について

(一) 原告らは、原告熊本光佑ら九名もまた、慣習排水権者であって、これらの者からの同意が得られていない旨主張する。

(二) ところで、公有水面埋立法五条四号所定の慣習排水権者とは、公有水面に対し排他的に長期かつ継続的に排水をなし、慣習法上、排水をなす権利を有するに至った者をいうものと解すべきところ、右原告熊本光佑ら九名が、右慣習排水権者であると認めるに足りる証拠はない。

(三) よって、原告らの右主張は採用しない。

7  以上を要するに、本件処分に当たって、公有水面埋立法五条所定の権利者の同意についてこれが欠缺しているとの原告らの主張はいずれも理由がなく、他に同法四条三項一号違反の違法を認めるに足りる証拠もない。

七  小括

以上の次第で、本件処分には何ら違法とされるべき点は見当たらないから、これに基づいて被告がなした本件埋立にかかる公金の支出という財務会計上の行為が違法となる理由はない。したがって、その余の点について判断を示すまでもなく、原告らの請求は失当である。

第三  結論

よって、原告らの請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用につき行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおけ判決する次第である。

(裁判長裁判官 亀川清長 裁判官 川野雅樹 井上泰人)

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